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記事2007年11月23日 2083号 (2面) 
キャリア教育 実践と展望 (1)
鴎友学園体験重視してアイデンティティ
自立教育で気力、体力も吉祥女子
 産業・経済の構造的変化が雇用形態を流動化させ多様化させ、一方で家族のあり方の変容、地域環境の変化から、学校教育の中でのキャリア教育が声高にいわれるようになってきた。文部科学省も平成十七年度からキャリア教育実践プロジェクトとして、中学校を中心に五日間以上の職場体験等の実施などを始めた。今、どんなキャリア教育が求められているだろうか。今回は、充実したキャリア教育が評判となり、ここ数年、志願者を増やしている鴎友学園女子中学校・高等学校(清水哲雄校長)と吉祥女子中学・高等学校(臼井勝校長)を訪ねた。

 鴎友学園ではキャリア教育とは言わない。「アイデンティティ確立の援助をする教育」と呼ぶ。その表れが今春の生徒たちの進路。実に様々な大学、多彩な学部・系に進学している。現在のようなプログラムを始めたのは一九九〇年ごろから。家庭環境や社会環境、子供たちが変化し、キャリア教育をプログラミングしなければならない状況があったからだ。
 二〇〇三年くらいから、意図的に集団づくり、仲間づくりを始めた。理由は、居場所のない子供たちに居場所をつくること、仲間づくりが下手だということもある、仲間づくりをすることで女子は能力が伸びるという認識もあった。中一の前半は、三日に一度、席替えをする。クラスが割れないようにしながら、全体を一つにまとめていく。一方で、繰り返しエンカウンターをしながらコミュニケーションの方法を習得させていく。
 授業でも体験させることを重視する。だから実技科目を非常に大切にしている。音楽、体育は六年間必修、美術は中学一・二年必修。表現力を高めるためだ。芸術系コースを設置しているわけではないのに、今年、東京芸大に現役で五人も合格した。これには職員室中がほんとうに驚いた。
 理科は実験が非常に多い。特に中学三年間は実験がほとんど。解剖もする。高一になると、十種の白い粉の解明を課す。このとき、生徒にモデルプランは示さない。失敗も大切な学習だからだ。もちろん、大きな危険を伴わない限りである。生徒たちは、実験に目を輝かせ、その後、理系に進路を見いだす生徒も多い。
 HR活動では、学年ごとにテーマを設定しており、中一は「環境」、中二は「福祉」、中三は「進路」。いずれもグループワーク、調査、講演、体験、発表が盛り込まれている。ボランティアに行って初対面の大人から「ありがとう」と感謝されて、生徒たちは胸を張って帰ってくる。
 中三の現代社会の授業では、女性と職業を大きなテーマに一年間学習する。それぞれの生徒が、自分のテーマを決め、職場訪問をし、レポートを書き、発表する。ときにはディベートもする。
 こうした中から、生徒たちは自分の将来のイメージを具体的に描き、アイデンティティを確立し、自分なりのモチベーションができていく。
 高一では国際交流体験をさせ、具体的な進路を見つける。高二では目標を決定する。この高二から高三になるとき、生徒に最後の関門が待ち受ける。慶應大SFC(湘南藤沢キャンパス)のAO入試自己申告用紙縮約版(自己分析レポート)の提出だ。これをもとに教員は「ほんとうにやりたいことなの」と問う。立ちはだかるその壁を、突破しなくてはならない。これが生徒を強くする。二、三カ月のうちに、どの生徒も意志的な顔に変わる。
 このプログラムを始めてから、生徒が着実に伸びている、その手応えが教員をさらに動かす、と吉野明教頭は話す。
 吉祥女子でもやはりキャリア教育とは言わない、「自立教育」と呼ぶ。職業を持つことを前提にした女子教育が建学の精神であり、プログラムはすべて、教員たちが手作りで工夫し、長年積み上げてきたものだ。自立教育は進路指導だけでなく、総合的に女性学として、保健体育、家庭科、社会科など教科の中に折り込みながら、四十年以上取り組んできた。
 進路指導プログラムでは、中一・中二は、社会性の弱い今の子供たちに、社会的な関係性を取り戻させるものとなっている。中一は「環境」について考え、身近な社会人へのインタビューをし、レポートにまとめ、いいものは秋に発表会をする。中二では「福祉」をやる。ボランティア体験、レポート、プレゼンテーションをするのは同じだ。中三から職業観の育成に入り、ライフプランと職業観の育成・国際交流を考える。職業レポート、プレゼンテーションをする。高一は、女性の生き方、職業観の育成を行う。目指す職業が決まったら、そのための専門性をどう身につけるか、レポートを書かせる。高二になると第一志望校を設定し、高三では受験指導になる。
 女子の場合、日本では伝統的に性別による役割分担のようなものがある。そこを自分で考えさせないと、社会人になってから挫折することが多い。それには多くの人に、身近な目線で話をしてもらうのが効果的だ。だから、中二では福祉関係の人に講演を依頼し、高一では第一線で働いている卒業生に話してもらい、高二では現役大学生の卒業生を四十人くらい呼んで、卒業生を囲む会を開く。高三では、文化人を呼んで講演会を開き、大所高所から話をしてもらって刺激を与える。最終的に自分が何になりたいのか、どんな人生を歩むのかを固めた生徒は、自分から積極的に勉強を始める。長い間の指導の中で分かったことがある。社会に出て男性と肩を並べて働いていた卒業生が、二十七〜二十八歳ごろに、これでいいのかと悩んで、あるいは結婚や出産で悩んで、仕事をやめた例をたくさん見てきた。「そのとき、持ちこたえる力となるのは、知力よりもむしろ気力と体力」だということ。だから「方向性が決まらないまま進学する子がいたとしても、それでもいいから気力と体力を充実させることに学校全体で力を注ぎます」と進路指導室の鈴木正弘室長は話す。簡単には折れないたくましさ、しなやかさ、強さを身につけさせたい。その一つが、半世紀も続いている高一の富士登山だ。希望者のみだが、三分の二が参加する。今年、東大にいきなり九人合格したことで注目された。しかし、特別進学コースも習熟度別クラス編成もしてない。進路指導はモチベーションを作らせること、それだけを重視してやってきた。プログラムは今も少しずつ改良している。

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