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記事2005年3月23日 1972号 (4面) 
第52回全国私学教育研究集会福島大会報告 (下)
真の食育教育とは何か
東京農業大学教授 小泉 武夫氏
昨年十月二十八、二十九の両日、福島県郡山市内のホテルを会場に「特色ある私学教育を求めて――建学の精神と国際化」を研究目標に行われた第五十二回全国私学教育研究集会福島大会の全体集会では、小泉武夫教授が「真の食育教育とは何か」をテーマに記念講演を行った。その要旨は別掲の通り。(編集部)

日本の食生活は激変
有害物質が多分に混入


 今年の夏も海外調査隊長として、南コーカサスのグルジア共和国に行きました。首都トビリシから東へ約百七十`ほどの小さな村に調査に入りました。私たちが行ったその小学校も、非常に厳しい環境でした。世界の小学校を見て回って、違いがよく分かるのは食べ物です。ほんとうに日本の子供たちは恵まれすぎている、食べ物に対してありがたみを感じない子供が多いのではないかと思います。
 実は日本の子供たち、中学生、高校生で、今一番問題になっているのは、食生活です。特に日本の食生活は激変している。食べている物の違いもありますが、もう一つ、安心・安全の問題があります。
 九州の西日本新聞が紙面で展開している「食の安全」キャンペーンには、驚くべき事実が出ていました。
 全国のスーパーマーケットやお惣(そう)菜(ざい)屋さんから毎日出る賞味期限切れの食べ物はすべて、産業廃棄物業者が焼却処分するか、最終処分場に持っていって埋めます。それを養豚業者が試しに豚の餌(えさ)にしていたところ、食べた豚や生まれた子豚に変調が現われたそうです。私は、これは豚だけの話ではない、人間も、特に子供に影響を及ぼすなあと思いました。
 学生が街で買ってくる一番安い二百八十円の幕の内弁当には、ちゃんとサケの切り身が入っている。このシャケの生産地を調べたら、南米チリの養殖シャケだった。このサケの養殖方法は、小さいうちからどんどん抗生物質を与え、それが今問題になっている。そういう方法を取ると、チリから入ってくるサケが一番安いからです。

若者達の間に急性腹膜炎など多く発生

 台湾や中国で養殖されているウナギからも、抗生物質が検出され、かつて問題になったことがあった。そういう怪しげなものが日本にはいっぱいある。
 いま、日本の若者の間に、大腸に穴が空いてしまう病気が広がっている。おできができて、熱が出て、次に血便が出てくる。そのうちに強烈に腹が痛みだして腸が圧迫される。そこが破けて急性腹膜炎を引き起こす。急性腹膜炎は三時間以内に手術しないと命にかかわる。毎日新聞によるとこの病気にかかった人が四万四千人もいるそうです。
 いったい何を食べたのかと、お医者さんたちが聞き取り調査をしたところ、ほとんどの人がほぼ毎日、インスタントラーメン、スナック菓子、ハンバーガー、フライドチキンといったいわゆるファーストフードを食べていることが分かった。そして同じように食べても、中国や韓国、欧米の青年にはごくまれに出るだけで、圧倒的に日本人が多い。
 いま一つ日本の若者に心配なことは、精液の精子の問題です。日本の十八歳から二十五歳までの青年男子の精子数が、昭和四十年に測ったときには一tの中に一億二千八百万個だった。これは全世界の若者と共通で健康です。ところが平成十四年には平均八千七百万くらいまで下がっていたという。いま、セックスレス夫婦が問題になっていますが、精子が一定量たまらなければ性欲もないわけです。このままいくと、二十三年後には五千万台に減る。五千万では受精能力がない。日本民族も終わり、そういう現象が発生すると心配されている。
 これも原因は食べ物です。ミネラル不足、特に亜鉛の不足です。ネズミの実験で、亜鉛は精巣の発達に非常に大事だという結果が出ています。
 亜鉛が不足しただけで、一つは精子が減少する、二つめは老人性痴呆(ちほう)症が非常に早くなる、三つめは味覚障害が起こる。
 食べ物と飲み物はほんとうに大事です。よく選ばないと体も心も変わってしまう。

日本民族は草食から肉食に
過大な肉食、DNAに反する


 日本人の食生活を昭和三十五年と平成十二年で比較しますと、肉の消費量が約六倍増えています。油の消費量も大体同じくらい増えている。
 かつて地球上に現れた民族で、たった四十年という短期間で、自分たちの主食をこれだけ変えてしまった民族というのは、おそらく見当たらない、日本民族だけです。私に言わせれば、ある日突然、草食性動物が肉食性動物に変わった、これはすごい変化です。
 本来、民族は、食は保守的であるべきです。ところが、今、日本人の食べ方がアメリカ人と変わらなくなってきた。気がついてみたら、ほとんど魚や大豆を放棄して肉になっている。油もパンもそうです。
 考えてみてください、食べ物だけじゃない。狭い国なのにほとんどの人たちが車で買い物に行く。アメリカの生活そのままです。まさしく、アメリカの消費生活に乗せられている。
 日本人がよく肉を食べるようになったのは、せいぜい昭和四十五、四十六年ごろからです。つまり、日本人は民族的に肉に対する順応性・適応力があまりない。過大な肉食は、遺伝子のDNAに反しているのです。
 例えば、東京のある小学校で、運動会の時、救急車が来たという。どうしたのかと思ったら、走っている子供たちが骨折したというんです。子供は肉を食べすぎると血液が酸性になる。すると、カルシウムを骨から取って補正する。だから骨折しやすくなるといわれています。
 大人も、肉を食べすぎると、まず中性脂肪が血液中に増え、血中コレステロールが増え尿酸値が高くなります。いいことは何もない。これは、日本民族の適応遺伝子に反しているからです。
 肉を食べてはいけないと言っているのではない、食べ方があると言っているのです。BSEの問題でも、肉が足りなければ、日本人が一番歴史的に合っているタンパク質、魚と大豆をとればいい。実は牛肉より大豆の方がタンパク質は多いのです。日本人は奈良時代からもう畑の牛肉といわれる大豆を食べてきたのです。だからみそ汁は肉汁だし、豆腐のみそ汁は、肉汁に肉を入れていることになる。さらに、納豆をご飯にかけて食べると、肉汁に肉を入れて、また肉を食べているのです。江戸時代の人たちは、現代のわれわれより、たくさんのタンパク質をとっていたことになります。日本人というのは素晴らしい知恵を持っていた。すごい民族です。
 どの民族にも、民族の遺伝子があって、食に対応する遺伝子を持っている。現在の日本の食事はそれに反する。だから、いま、食のひずみがいっぱい出てきているのです。

関係が深い食と心
食は文化で非常に重要なもの


 心の問題もあります。
 食べ物と心は非常に関係がある。
 アメリカにサルの研究で有名なグループが行ったサルの人工飼育実験で、カルシウムやマグネシウム、マンガン、亜鉛などが非常に不足すると凶暴になるということが分かっております。
 アメリカのケンタッキー州の村で、黒人の中学生と高校生がものすごく暴れたことがあった。そこでそれらのミネラルを彼らに与えたところ、みごとに二カ月でおとなしくなった。
 ところで日本人は、和食の底力というのをもっと考えていいと思います。
 まず、教育的に食育ということを考えるとき、民族ということをもっと考えておいた方がいい。食は文化であって、非常に重要なものです。文明というのは、電気や自動車などすべての民族に対して適応できるもののことです。しかし、文化は違う。その民族しか当てはまらないもの、またはその民族の住んでいる土地にしか当てはまらないものをいいます。だからこそ、民族が在る。みんな同じ文化なら、民族の意味はない。

民族としての食を大切に食育の中心に

 ところが、今の子供たちを見ると、文化も食も民族もあったものじゃない。
 ある小学校の五・六年生に、いま一番学校給食に出してもらいたいものは何か、という調査をやったところ、一位がハンバーグ、二位がスパゲティ、三位がビーフシチュー、といった具合に十位まで子供たちの人気メニューをランキングしたら、日本のものが八番目に入っていた、回転ずしです。
 世界中の民族が全部同じ食べ物になってごらんなさい、例えば日本人がご飯を捨てて、朝はパンと牛乳とハムエッグ、お昼はホットドッグ、夜はステーキとアイスクリーム、それを毎日食べて、子供にもそれをやったら、日本人はもう民族放棄したも同然です。なぜなら、文化を放棄したからです。
 しかし、そんなことはできないでしょう。次の世代にわれわれの大切な日本を渡さなければいけない。

 大切なことは、民族としての食を大切にしようということを、食育の中心に置かなければならないということです。
 そして、子供たちに、食の前に土があって、農があるということを、よく教える。それから、食べ物を通して、作法とか敬う心とか、箸(はし)の使い方とか、そういうことを小さいころからいっぱい教えてほしい。小さいとき覚えたことは絶対に忘れない。
 それから、噛(か)むということを考える。もう一つ、子供の好きなものだけではなく、子供の嫌いなものも食べさせなければいけない。
 学校での講演後に父母と懇談すると、お母さんたちがよく、共稼ぎで忙しいから食べ物をつくっているひまがない、どうしたらいいか「教えてください」と言うんです。
だから私は、「それじゃ、お母さん、疲れていたらまず、会社から帰ってきたら八時間寝なさい、八時間寝て、会社には八時間行って、残りの八時間ぐらいは、自分で生んだ子供なんだから、その子供を幸せにすることに使って」と言います。誰も反論できません。
 小学校の先生の中には、手を合わせて「いただきます」というのは宗教的な色彩が強いからさせないと、おかしなことを言う人がいるそうですが、日本人の「いただきます」は、いっさい宗教には関係ない。食べ物というものがすべて生き物だから、その生き物に対して、あなたの命を「いただきます」という、食べ物に対する感謝と畏敬(いけい)の念です。一粒も一滴も残すな、そして農家の人たちに感謝して食べるということです。
 子供たちは何もできないのです。だから、われわれ大人が食べ物の安心・安全をみんなで考えなければいけない。極端にいえば、子供が悪いのではなくて、大人が全部悪いと考えて反省して、食育に取り組む。子供たちをちゃんとつくりあげて、強く日本をつくらないとわれわれの将来、子供たちの将来はほんとうに沈没していきます。

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