こちらから紙面PDFをご覧いただけます。



全私学新聞

TOP >> バックナンバー一覧 >> 2005年3月13日号二ュース >> VIEW

記事2005年3月13日 1971号 (3面) 
白井早稲田大学総長に聞く
わが国の高等教育の進むべき方向

白井克彦総長

平成十七年二月四日、早稲田大学総長室におじゃまし、日本私立大学連盟副会長で早稲田大学総長の白井克彦氏に「わが国の高等教育の進むべき方向」をテーマに大所高所からご意見をお伺いした。なお聞き手は機会均等等研究所代表の日塔喜一氏にお願いした。(編集部)

(語る人)白井 克彦氏
早稲田大学総長日本私立大学連盟副会長

(聞く人)日塔 喜一氏
機会均等等研究所代表筑波大学大学研究センター客員研究員

社会全体のレベル向上必要
協力型、参加型、分散型社会に


 日塔 大学の変革には、まず構成員が自覚をもつべきでしょうか。
 白井 当然、それは根本ですが、大学が急速に変わってきましたから、どちらかというとマネジメント側からトップダウンで、変わっていく部分が多いということになります。社会が大きく変化している中で、大学は本当はこれをリードしなくてはいけない。教職員一人ひとりがそこを自覚してファンクションしているかというと、そこまではいっていない。
 日塔 教職員一人ひとりのそうした認識が重要ということですね。ところで、大学の役割は、社会を形成する知的基盤としての役割と輩出する人材が世の中全体の社会的な人間の基盤をつくるというサイクルとを今後も引き続き確立し、上昇させていくということですか。
 白井 もちろん、地道に学生を教育するということがありますが、その時に、完全にアカデミックなある学問についてきっちり教えればいい、というのはもう通用しない。やはり、実際的な、今の世の中の問題をきっちりとらえて考えていく教育を現実に積んでおかないと、社会に出てから目標を持った働きができない。そういう感覚で教育をやるようにと言っています。
 従来は、産業界の組織がしっかりしていて、卒業後はその組織の中で生きる、つまり、そこで一生懸命やっていけば人生の大半は終わった。しかし、今はもう少し自由に、幅広く自分の将来を考えることができる。そうすると、自己を考える、自己をつくるというか、自己と社会の関係というものをもう少し自覚して対処しないと、一生をやったことにならない。それは結局、一人ひとり、能力がなければいけないということになる。同時に、組織を超えた意味で知的な基盤というものをお互いに持たなければいけない。社会全体に知識を流通させ、レベルを上げていかないと、一人ひとりのレベルが上がらないし、全体が上がらない。例えば、マニュアル通りにやって一企業のレベルを上げればすむというのではなくて、社会がかなり拡散的になっているから、社会全体のレベルを上げる必要がある。単なる知に価値があるのではなく、社会的に知が機能することが要求されている。そういう社会になりつつある。
 つまり、協力型、参加型、分散型の社会になってきている。そのレベルを上げるのは結構難しい。

評価スタンダードを確立
アカデミックな情報の開示


 日塔 チャレンジし甲斐がありますね。ところで先生は認証評価について、授業評価・研究評価も重要だが、加えて授業や、研究内容を公開せよといわれますが、具体的にはどのようなことですか。
 白井 認証評価をする場合には、客観的にあるスタンダードで見ていくということは非常に重要だから、評価スタンダードをしっかりつくることが基本だと思う。ただ、認証評価は、単純にランキングではないし、その価値の価格を決めることでもない。消費者・学生が、できる限り正確な情報を得て、比較しながら商品を購入できるということも重要です。ですから、あそこであの先生がこんな授業をしている、その情報が分かることが望ましいし、そこへ行けることが望ましい。そういう時代に入ってきている。そうすると、それが透明で見えないといけないし、そのレベルが分からないといけない。結果、競争になるわけだけれども、それを手に入れる学生からしてみれば、いちばん自分がほしいものをある程度自由に選べる。つまり、多様性、透明性プラス流動性です。
 日塔 いわゆるアカデミックな情報の開示ですね。高校生の意識も、進路指導のターゲットもそこに集中していますね。北欧と北米の三十カ国で達成されている設置者の違いを超えたイコールフッティングと多様性、透明性、流動性は、大学発展のキーワードです。ところが、日本では公財政支出や学費の格差、転・編入など差別的かつ硬直的で、大きな改善が必要です。その改善が行われるまでの間、たとえば大学間協力が果たす役割は小さくないし、いいものを生みだしそうですね。
 白井 例えば、研究費について国公私立合わせて同じ競争ラインでやれるようにすればいいだろうという国の見方がある。しかし、実際にはベースが違う。国立は国の財政支出も人手もたくさんあってやりやすい。その国立と同じにいきなり私学が少し研究費をもらったからやれるかというと、すぐにできるわけがない。ではどうしたらいいのか。少なくとも研究面でいえば、トップレベルの研究者が共通の所に集まって、国立よりレベルの高いものを協力してやる。そうすると、一人ではできないものもできる。人件費の問題も時間の問題もある程度は解決できる。ただ、国立大学のレベルは保持されるべきです。あれを単純に引きずり下ろして、投下されている税金を私学に回せと言う必要はない。

私学の人的資源重要
潜在能力引き出し活力を


 日塔 団体連合会も第三期科学技術基本計画に意見を述べましたね。
 白井 私学の持つ人的資源を生かすことが重要です。そのための工夫が必要です。例えば大学院生の教育で、ある特定分野で本当に高いレベルの教育をしたいというとき、一大学だけではできないことが多い。欧州の大学などでも、よくトップレベルの人が参加するサマースクールなどを仲良くやっている。みんなが協力してやらないと、レベルが上がらない。
 日塔 職員のかかわりはどうなりますか。
 白井 職員については、うちでも今、できるだけ自由に自分で発想して、仕事を組み上げていってもらうように努力している。もちろん、学生サービスという根本はしっかりキープしなければいけないけれども、大学を変えていくために、職員も少し殻を破ってやっていく、そういう姿勢に変えなければいけない。それから、可能な人はマスターレベルの教育を受けるといったことにもどんどん挑戦して、専門家として、世界のアドミニストレーターと一緒にやれるだけの高い見識を持ってもらうことも必要です。
 日塔 大賛成ですね。流動性が潜在能力を引き出し、活力が生まれる。
 白井 そういう時間も与えられるべきだし、チャンスも与えられるべきです。そうでないと、意識も実力も上がっていかない。それには時間がかかる。四、五年のスパンでやれば少しずつ変わってくるのではないでしょうか。
 日塔 早稲田で職員を常任理事にしたようなチャンスですね。
 白井 現在、理事として職員から三人いますけれども、もっともっとアドミニストレーションの中心になっていいのではないかと思います。教学のことも教員と一緒になって進めるような仕組みをつくろうとしています。対外的な交渉や、特に学生サービスなどのプログラムは、実質は職員の手に移りつつある。とりわけ相手があるような仕事、研究の推進や産学連携などもそうです。技術も知っているけれども対外交渉もできるという人がいれば、これはすごいですよ。
 日塔 鬼に金棒ですね。ところで、改革を進めると、教員の負担が増えるという声があちこちから聞こえてきます。
 白井 これはうちでも猛烈に悲鳴があがっている。教育面でも教員はみんな一生懸命やっている、そういう意味では確かに評判はいい。けれども、一方でCOE(中核的研究拠点プログラム)など研究もやらなくてはいけない。教員はこれ以上やれないという状態がどこの大学でも見られるのではないかと思います。これを解決するには、基盤となる人件費をしっかり考えてもらわなくてはいけない。もともと教育でいっぱい、いっぱいのところに、研究費だけを手当てしてもやっている人が死んでしまう、あるいは研究のために教育の手を抜くしかない。それでは困るから、オーバーヘッドみたいなものでしっかり研究面の人件費がカバーされるべきです。

研究も国私等条件で競争
学部は機会均等を守る


 日塔 それは何としても実現したいですね。その意味でも私学人の悲願であるイコールフッティングについて、国等への政策提言が大事です。国家の理念となる憲法改正の動きもあります。
 白井 まず八十九条、特に教育のところ、「公の支配に属しない」という表現があるけれども、私立大学も認可されてやっているわけで、基本的には公の支配に属しているという解釈です。けれども、ときどき思い出したように公ではないと言う人がいる。その根本はあの条項があることです。それをなくせば、国立と私立が国の補助金については一線に並ぶ。そうなるべきだということです。
 日塔 総理も、党大会、NHKでの党首討論、国会答弁で、九条とともに「公の支配に属さない私学に助成金が出ている」と八十九条問題に触れる。改正が実現した時、具体案はどうなりましょうか。
 白井 やはり私立学校の中でもメリハリをつけた方がいい。自分たちはこういう教育内容をやる、そうするとコストはこうなる、それに対して国として経常費補助をするならすると。とにかくなんらかの補助を学生に与えるについても、もう少し細かく内容によってやるべきで、一律に学生数×単価といったやり方はあまり適切ではない。ただし、高等教育が一般化した現実にあっては、学部教育のベース部分で学生教育に掛かる費用をしっかり算出してその費用についてはいくらまでは公的支出をするのか明確にすべきだと思う。
 日塔 教育分野に力を注ぐということですね。
 白井 そこのところは徹底的に。公的資金も必要だし、外からのある程度社会資本も参加できるように、特に医学部教育や基本的教育はみんなで協力してやる。その費用は、国も企業も個人も参加して、これをベースにする。そこはあまり競争的にするのはおかしい。あくまで機会均等を守るべきだと思う。
 日塔 国公私すべての学生に、もっといえば人生のあらゆる段階で、明日に備えるすべての勉学の徒に公平に機会を提供することですね。
 白井 研究費については国立も私立も等条件での競争でかまわない、と思う。ただ、施設とか研究者の人件費とか、国立はすべて税金で賄われているわけで、この差はまだイコールフッティングではない。私立と国立に研究費を同額出すのではなくて、私学には条件整備のための人件費と施設費をオーバーヘッドで出すのであれば、国立と同じ条件にある程度近づく。
 日塔 そもそも国立には、人件費と施設費が最初から手当てされていますからね。ここで参考までに外国の例を見ると、アメリカを除く北欧の二十八カ国とカナダでは機関補助で機会均等が果たされています。アメリカは、ジェファーソン時代から、私学の独立性に配慮し、経常費の補助は行っていません。にもかかわらず、政府の潤沢なオーバーヘッドつきの研究助成や寄付税制に支えられた基金を財源とし、私学が世界の研究をリードしています。それと同じ意味で、日本の私学にもそのチャンスありです。
 奨学金も、連邦政府と大学等の総額八兆円を超す「手厚い」仕組みで、勉学の徒を支えています。学生は、どの大学に入っても、法定方式で算出する「学生家族負担額」を超えて払うことはありません。学費からこの「額」を差し引いた不足額は給費奨学金で賄われます。さらに、受益者である学生自身の卒業後の負担を考慮し、貸与奨学金に四年間で二万ドルの全米共通のガイドラインを設けています。転・編入など流動性もある。後顧の憂いがない。親の世話にならずとも、本人の意思で自由に進学を決められる。世界には機会均等や流動性の模範例は事欠きません。ところで早稲田は奨学金制度が進んでいますね。

バウチャーは現状前提だとひずみが心配
いいバランスの補助が妥当


 白井 全部含めれば、大体百数十億円です。バウチャー制度にすればいいという議論もあるけれども、ただ、今の国立と私立という条件下で、同一金額の補助を個々の学生に与えるということになると、それでは現在以上のひずみが起こってくる。ですから、機関補助とするのか、学生の奨学金としてやるのか、私立学校に対していいバランスでやるべきだということです。
 日塔 何にせよひずみが出るようでは困ります。
 白井 やはり、私学には競争原理が働いている。株式会社立も参入してくる、海外からの大学も入ってくる、ユニバーサルな教育は世界規模で進む。そういう熾烈((しれつ)な競争環境で努力する私学に、国や社会は支援してほしい。ただ、私立大学が個性を出し、しかも全体のレベルを上げるというのは非常に厳しい。私立学校同士の協力によって良い教育研究環境をつくっていくというのは、あるべき方向だと思います。要するに流動性を持たせる、というようなことによって、お互いにレベルを高めていく。これは、努力をしていくべきではないかと思います。
 日塔 それと大学の現場を見てもらうことも大事ですね。
 白井 文部科学省の人や、特に国立大学のえらい方たちは私立がどういう教育・研究条件でやっているかということを経験した人が少ない。産業界の人も何十年も昔の早稲田などを引き合いに出して批判する。けれども、特に研究や付属病院などの現場は大変です。ですから、やはり現場を見てくれ、と。哀れんでもらう必要はないけれども、どれほど不合理なのか、よく理解してほしい。例えばちょっとした調査を野村総研に依頼したら、一千万円くらい人件費がすぐにかかるでしょう。そういうことは当たり前なのに、大学の人件費はただだと思っている。だから、もし、産学連携で本当に共同研究をやりましょうということになったら、研究費だけではなく人件費を半分くらい持つのは当たり前だということです。
 日塔 今日は努力目標が明確なお話をいただきありがとうございました。

記事の著作権はすべて一般社団法人全私学新聞に帰属します。
無断での記事の転載、転用を禁じます。
一般社団法人全私学新聞 〒102-0074 東京都千代田区九段南 2-4-9 第三早川屋ビル4階/TEL 03-3265-7551
Copyright(C) 一般社団法人全私学新聞