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全私学新聞

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記事2004年7月13日 1942号 (3面) 
第18回全私学教育サロン開く 本紙主催(上)
健康習慣守れば死亡率低下
講演「生活習慣病の予防と食育」
【講師】女子栄養大学副学長 自治医科大学名誉教授 医学博士 香川 靖雄氏

香川靖雄氏

 全私学新聞運営委員会(浅田敏雄代表)は五月十四日、東京・世田谷区の昭和女子大学で第十八回全私学教育サロンを開催した。今年は食育への高い関心や、深刻な不登校問題等を受けて二人の講師に講演頂いた。ここでは第一部の香川靖雄・女子栄養大学副学長の講演「生活習慣病の予防と食育」の概要を掲載する。(編集部)
食の乱れは家庭の乱れ
生活習慣病が糖尿病、脳梗塞に


 私学が担っております教育は、今までは知育と徳育と体育でしたが、それに今年から諸外国と同じように食育が入ってきます。食育とはなにか、なぜ必要かをお話ししましょう。
 今は朝食を食べない人が非常に増えてきました。若者のうち毎朝食べない人が約三割、一週間のうち何回か抜く人まで入れると朝食を抜く人は約五割にもなるといいます。子供たちも、授業中に居眠りをする者が大変多い。就寝時間が諸外国の子供たちに比べて一・五時間遅くなって、生活の乱れが一つの大きな要因として起こってきています。
 そこで文部科学省スポーツ・青年局が「食に関する指導の充実のための取り組み体制の整備について」具体的な形を打ち出しました。この背景には日本の国力が非常に落ちてきたことや、不登校児が十四万人にもなるなど、いろいろな難しい問題が起こってきたことが挙げられます。日本を活性化していくために、これまであまり問われてこなかった食の面を見直していこう、食から立て直していこうということが、諸外国の成功した例から、内閣府の委員会で取り上げられたわけです。文部科学省をはじめとして農林水産省、厚生労働省、いずれも協力をして、具体案ができ上がりました。「栄養教諭」制度など、栄養に関わる職員に関する教育基本法の改正です。
 このほか平成十四年に閣議決定された「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002」においても人間力戦略の一つとして食育を位置づけて、本年の十月には食育基本法が国会を通る見込みです。
 この動機の一つとなりましたのは、例えば、いじめであるとか、すぐかっとしてケンカをする、ぼんやりしているといった、子供たちに活力がないという事実です。
 さまざまな調査が行われましたが、これは子供たちの食事に関係があるということで、子供たちが朝食を食べているか、バランスの取れた食事をしているか、といった調査をしまして、AからEまでの五段階に分けてみましたところ、大変驚いたことに、いじめをやっている子供は一番下のランクのEが圧倒的に多かったわけです。食の乱れは家庭の乱れを反映していることも関係しているでしょう。
 一方で、日本では今、生活習慣病が非常に増えている。特に医療関係者が非常に恐れているのは、団塊の世代の人たちが高齢になって、糖尿病、心筋梗塞(こうそく)、脳梗塞などが津波のように多発してくることは目に見えている。これを今までどおり放置しておいたら、医療費の爆発で保険制度が崩壊してしまいます。
 栄養関係者はこれに対してきちんとした手を打たなければいけないと思っています。このことは中高年のみではなくすべての年齢層でそういう状況です。患者さんの三分の一が生活習慣病で苦しんでいます。
 生活習慣病は医療の分野なので学校と関係ないと思われるかもしれませんが、日本医師会雑誌では、生活習慣病が増えるのは教育の問題であって、医療の問題ではない、学校教育に責任があると考えているのです。つまり学校の先生がうまく食育をやって将来の病人を防いでくださいと言っているわけです。
 ではどうしたら生活習慣病が防げるかということですが、アメリカで一九七二年ごろにブレスラウさんが長期間にわたる調査を行って「年齢階級別・健康習慣点数別死亡率」について報告しています。
 それによると、標準体重の維持・適度な運動・禁煙・適量の飲酒・朝食の習慣・間食の制限・十分な睡眠という七つの健康習慣を守った人は、医療費が安く、介護の費用も少ないという結果が出ている。
 また十年間の死亡率を見ても、七つの健康習慣を守った人は死亡率も低かったわけです。ですからこの七つの健康習慣を守らせていけばいいということになります。
 ただ、日本人は白人に比べて、ストレスに非常に弱い、食塩に対して脳卒中を起こしやすい。日本人はアメリカ人のような非常な肥満者はいませんが、少しの肥満でいろいろな病気が起こりやすい。それは白人とは遺伝子が違うからです。
 そこで、以上の七つに加えて、ストレスの克服法、低食塩、脂肪制限の三つで合計十の生活習慣に気をつけることを私は提案しています。

生活の乱れと食育の欠如
朝食抜くと脳も体も働かない


 一般にみなさんは、生活習慣病が増えたのは飽食の時代になって食べすぎたからだと思っておられると思います。しかし、国民栄養調査を見るとそうではない。日本人成人の一日当たりの栄養所要量は二二〇〇カロリーと定められていますが、五年前の国民栄養調査では、一九五〇カロリーしか摂っていない。食物は少ししか食べていない。ではなぜ太るのか。
 それは、食べ物の欧風化によって脂肪エネルギー比率が高まってきたことと、運動量が激減したこと、生活リズムが乱れて、主に夜に飲食を取るようになってきたことが大きな原因です。その結果、日本人が生活習慣病にかかりやすくなったのです。
 では学校の方を少し見てみましょう。日本の学校の状況は、不登校児童・生徒が十四万人もいるなど、大変な状況です。ですからやむにやまれず、文部科学省が全国調査「心の健康状態と生活習慣の関連実態調査(二〇〇三年)」をしました。その結果を見ると、心の健康得点が高いほど(健康であるほど)「朝食を食べなかった」という者が少ない。この全国調査は、生活の乱れ、食育の欠如が今の学校にさまざまな問題を起こしているということの客観的なデータとして、根拠に挙げられているものです。
 また、日本学校保健会の「平成四年度児童・生徒の健康状態サーベイランス事業報告」によれば、小学三・四年生で約三割、五・六年生で約四割、中高校生で約六割の生徒が昼間から眠いと感じている、睡眠不足だといっている。これは驚くべきことです。仮に朝ごはんを食べていたとしても、朝の栄養補給のウエートが低いために、エネルギーが足りないと体が感じてエネルギー節約のために脳も働かさない、体も動かさないという状態になっているわけです。たとえ教師が一生懸命に教授法をいろいろ工夫しても、それを受け入れる子供たちの頭がちゃんと働かない状態では、うまくいくわけがない。ですからここを変えていこうというわけです。
 人間の体には、夜は眠って昼間は起きているという生活のリズムが頭の中に組み込まれています。私たちの体の中には視交さ上核という小さい細胞の集まりがあります。この部分が、二十五時間おきに、起きて休む、起きて休むわけです。そこから神経の刺激が出ていって、夕方になると松果体からメラトニンという睡眠物質が出てきます。人間の場合、放っておくと、リズムは二十五時間周期ですから一時間のずれが起こって生活のリズムが狂ってくるわけですが、毎朝、強い光にあたって、朝ごはんを食べることによって二十四時間のリズムに戻っていって、規則正しい生活ができるわけです。
 こういうことをアメリカが見逃すわけがありません。ずいぶん前からアメリカは学校朝食を連邦政府の予算で断行しています。これは国力に関係があるといって、国民の活力向上のために全州で学校朝食を始めた。ティム・ジョンソン上院議員が学校朝食シンポジウムでの講演で、「国際競争に打ち勝つためにわれわれは教育された生産的な労働力を持たねばならない。そのためには学童の教育が必要である」、つまり国力増進のための食事として「学校朝食はアメリカの学童の育成と教育の最良の方法の一つである」と話しています。国力増進のために食事があるというのは、驚くべき発想です。

肥満を解消すれば中性脂肪等が改善

 アメリカの学校給食の導入は、一九七二年、マックバガン上院議員が、アメリカの活力が落ちたのは国民栄養にあるとして、「USダイエタリーゴール(米国食事目標)」という栄養政策を導入したことがきっかけでした。栄養政策を導入して、最初の七〇年代、八〇年代ではまだ日本には太刀(たち)打ちできないわけですが、九〇年代に入って日本を打ち破っていく。そのきっかけとなったのは、「ヘルシーピープル二〇〇〇」という二〇〇〇年を目途(めど)とした生活習慣病の大規模な予防策を取ったことです。それによってアメリカの医療費は改善していくわけです。
 具体的にどう食事を取るかということですが、女子栄養大学の方式ですが、四群点数法(一点を八〇カロリーと計算)を採っています。食品を第一群〔牛乳・乳製品/卵〕、第二群〔魚介・肉類/豆〕、第三群〔野菜/芋/果物〕、第四群〔穀物/油脂/砂糖/嗜好品〕と四つに分けて、各群の食品を毎日三点以上取ろうというわけです。
 魚の脂肪は日本人が昔から摂取していたものですからいいのですが、牛肉の脂肪など動物性脂肪はストップをかけていかないといけない。
 日本では、各世代で肥満がどんどん増えていっている。では、肥満を直したらほんとうに血圧や血清の脂質が改善されるのか。女子栄養大学には栄養クリニックというものがあります。過去に四千人治療しました。ほんとうに肥満を解消すると中性脂肪、コレステロール、血圧のすべてが改善されます。今まで調べたどんな遺伝子を持っている人でも直る。これは驚くべきことでしょう。

不登校児は昼夜逆転
生活指導と同時に朝食を


 私立大学の先生方の中には、学校給食はお金もかかるし手間もかかるということで、各家庭で作らせて持ってこさせてはどうかという意見があります。しかし、それは大変な間違いです。文部科学省にも常々言っていることですが、今、学校給食をやめたら、日本の子供たちの体はガタガタになってしまいます。今子供たちが目標とすべき栄養所要量を満たしているのは学校給食があるからです。
 不登校児や保健室登校の子供たちは、生活が極端に乱れて、昼夜逆転している。これを治療するには、入院していただいて、生活指導をすると同時に、朝七時に強い光を与えて朝食を取ってもらう。夕食には先ほど話したメラトニンを五ミリグラム飲んでもらう。もう一つリズムの中心になっているビタミンB12を与える。そうすると直る。それを知らない学校が、過去の経験に基づいてむりやり押しつけるということでいろいろなトラブルが起きています。
 日本も高齢化が進むと医療費が膨大なものになると危機感を募らせていますが、日本より十五年ほど早く高齢化が進んだスウェーデンでは、医療費・介護費の増加で国が倒産するのではないかというので大変な経済危機になりました。しかし、スウェーデンでは高齢化の問題を解決しました。まずエーデル革命というのを起こして、病院を三分の一に減らした。人口千人当たり十五床あったものを五床に減らし、その代わりに予防に力を入れ、地域の医療・介護を抜本的に解決したわけです。今のスウェーデンは大変栄え、国民も安心して暮らしています。
 外国で成功したやり方が日本でもうまくいくのかといいますと、性格の遺伝子が非常に違いますので、思い切ったことがなかなかできないのではないかと思います。白人は狩猟・牧畜で生活してきた独立性の高い人たちですから、何をやっても自主独立型です。セロトニントランスポーターの遺伝子の違いを見ると、日本人の場合、七割はS遺伝子だけでおとなしい性格で、依存体質を持っています。これは稲作農耕の共同体の中では、積極的に変わった行動を取る人は絶えず村八分で淘汰されたためかもしれないのです。
 ですから、栄養指導もそうですけれども、教育界でも自主学習だとか自己学習が非常に流行っていますが、うまくいきません。それは、日本人にはみんなと同じようにやっていくことに安心感があるからです。ですから、教育についても、日本独自に考えていかなければいけない。これが私の一つの結論なのです。
 今年は食育の大きな転機となります。これは栄養教諭の発足など、制度的な面だけではなく、教育界全体が、心身を支える食について、意識を変えることです。そして、活力ある日本を作るように努力してゆきましょう。


私立学校の保護者、教員から大学学長など
幅広い分野の人々が参加して開かれた全私学教育サロン
(5月14日、昭和女子大学)

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