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記事2003年6月13日 1892号 (5面) 
新世紀拓く教育 (4) ―― 巣鴨中学校・高校(男子中・高一貫校)
大菩薩峠越えの強歩大会
心の“ふるさと”を求めて
  新しいエリート教育を標(ひよう)榜(ぼう)する巣鴨中学校・高等学校(堀内政三校長、東京都豊島区)は、努力主義と英才早教育を掲げる。大正十一年の創立以来G .H .Q占領下でも、文武両道の教育を実践してきた。中学では剣道を必修に、高校では柔道・剣道を選択必修とし、中高六年間の正科だけで初段の実力を培う。事実、八割の生徒が卒業までに初段を取る。一方教科では、らせん状階段方式と称する独自のカリキュラムを組み、難関大学へ多数の合格者を出す。生徒たちの成績評価は、中間・期末テストの結果をそのまま記載する百点満点方式。通知表ではなく「通信簿」を渡す。五段階評価は一度も採用したことがない。「あれほど非教育的なものはない」と堀内校長は一蹴する。
 こうした同校の教育の一端を担っているのが独特の行事である。五月の大菩薩峠越え強歩大会、七月巣園流水泳学校、八月蓼科学校勉強合宿、十一月森林公園マラソン大会、一月早朝寒稽(げい)古(こ)、いずれも心身を鍛練する校外授業である。
 なかでも、大菩薩峠越え強歩大会は、深夜に登り始め、ゴールまで八、十時間ほども歩き続けるというハードなものである。競歩ではなくあくまで強歩である。にもかかわらず、中学入学前からこの大菩薩峠越え強歩大会を楽しみにしている子供が多いそうだ。大菩薩峠は標高千八百九十七メートル、秩父多摩甲斐国立公園の中にある。中里介山の未完の大作『大菩薩峠』でも全国に知られる。四十年前、堀内校長は、強歩大会の場所を探すのに三年をかけ、子供たちの心身の発達に最もふさわしいところとして、大菩薩峠を選び出した。五月に実施するのも、山麓(さんろく)は新緑が萌え、中腹には山桜が咲き、さらに登れば枯れ木同然の草木となり、山頂付近は残雪も残る。すべての季節を生徒たちが五感で感じることができるからだ。
 今年三十九回目となる大菩薩峠越え強歩大会は五月二、三の両日、実施された。コースは、奥多摩湖側の川野から登り、小菅、赤沢、大菩薩峠(介山荘)、長兵衛小屋、地蔵小屋、裂石と伝って、山梨県塩山市側へ下山するルートである。ゴールは塩山北中学校となる。
 五月二日夜、興奮気味の生徒たちを乗せたバス四十台が校庭を出発。翌三日午前一時ごろ、奥多摩湖側の各スタート地点に到着。まず午前二時に川野から高校三年生が登り始める。ゴール到着の制限時間は正午十二時。塩山北中までの三四・五キロメートルを約十時間で踏破することになる。高校二年は同時刻に山頭橋を出発、踏破距離三三・九キロメートル、到着時間は午前十一時四十分まで。高校一年は午前二時三十分平山キャンプ場を出発、二七・〇キロメートル、到着は午前十時三十分まで。中学生全員は麓(ふもと)から少し登った小菅を午前三時に出発、中学二・三年は二十六キロメートル歩き、到着は午前十一時まで。中学一年は二〇・九キロメートル、塩山北中まで行かず途中の裂石がゴールとなる。到着は七時間後の午前十時までである。
 全校の生徒たちを、深夜、峠越えさせるのである。学校側は万全の態勢で臨む。綿密に計画が練られ、詳細なスケジュールが全教職員に配付される。ボランティアで手伝うOB(毎年約五十名)にも一人ひとりの任務と行動が細かく書き込まれた、OB自らが作成した実施要綱が渡される。総勢百人余の教職員とOBが大会を支えるのである。二日前から先発隊が山小屋に泊まって下見や準備を行い、当日は、山中の赤沢・大菩薩峠・ふくちゃん荘・長兵衛小屋・裂石等の各関門およびゴールの塩山北中に詰めるほか、コースの要所要所で配置に着く。医師も四名、看護師六名も各関門で生徒の健康に気を配る。パトロール隊と無線隊も組織される。お互いに密に連絡を取り合い、なにより、生徒たちの安全確保と所在の確保を最優先させる。生徒たちは、深夜の急勾配(こうばい)の山道を、カンテラの明かりだけを頼りに登る。高校生は、経験もあり、またかなり体力もついているため、相当のスピードで、走り登り、駆け下る者も多い。しかし、入学したばかりの中学一年生にとっては、深夜の山行は、想像していたより何倍も大変である。ガレ場もある、細い崖道もある。緊張と長時間の歩行、疲労、足の痛み、寒さ、背負ったリュックの重さで、遅れる子、座り込む子もいる。ねんざする子も出る。しかし、コースで配置についているOBたちが「がんばれ、もう少しだ」と声をかけると、ほとんどの子供が再び歩きだすという。

確固たる力をつけ
新タイプのエリート

 五月三日の大菩薩峠は快晴で、生徒たちは富士山も、遠く日本アルプスの美しい姿も見ることができた。頂上で介山荘のカップラーメンも食べた。そして、今年も全生徒が無事に下山した。
 昨年実施された大菩薩峠越え強歩大会の中学一年生の作文集を読むと、どの生徒もかつてない達成感を感じたと書いている。腕を脱(だつ)臼(きゆう)した生徒が、参加を強く希望したら、自力で登れるところまでは許可されたという。ぜんそくで、小学校では親同伴でなければ林間学校にも参加させてもらえなかった生徒は、みんなの支えで完歩できたことに深く感謝し、「この達成感は、僕にとっては素晴らしい経験でした」と書く。生徒自身が希望すれば自力でできるところまでやらせる、それを教職員やOBが万全の態勢で支える。
 「人として確固たる力をつけるには、『少年期』に自ら考え、行動し、つまずき、再び挑むという成長過程が必要なのです」と堀内校長は言う。同校には剣道三段を取り、現役で東大の理IIIに入った生徒、早朝寒稽古とセンター試験が重なったにもかかわらず、早朝寒稽古を一日も欠かさずに受験して、東大ほか難関大学に合格した生徒も珍しくない。「そういう巣鴨生の中から、必ず新しいタイプのエリートが生まれる。いまからそれが楽しみです」と確信を持って語る。
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