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記事2003年5月23日 1889号 (5面) 
大学の「知」ビジネス化 (4)
慶應義塾大学の知的資産センター
研究を実社会で評価
チャレンジ精神が研究活性化
  慶應義塾大学は学内の研究成果を社会へ還元するために知的資産センターという技術移転機関(TLO)を平成十年十一月に設立した。
 特許制度や著作権制度を日本に初めて紹介したのも、慶應義塾の創設者である福沢諭吉翁である。実学を重んじる学風により、研究成果を実社会で評価してもらうことがここでは重視されている。実社会で良い評価を受ければリターンをもらい、バツがつけられてもより良いものを目指す刺激になる。
 つまり特許を取り、技術移転してビジネス化をねらうことが、学内にチャレンジ精神を養成し研究の活性化のために役立つと判断した。
 しかし、特許を取り事業として収支償うところまで持っていくのは、資金や世話する人手も必要であり、容易なことではない。そこで資金や人手は大学の予算で全面的に面倒を見ることにした。センターの所長は特許庁で審査機関を統率していた経歴を持つ清水啓助・商学部教授で、その下にバイオや電気通信、エンジニアリングなどの専門分野に詳しいリエゾン六人を含むスタッフを現在十二人配置している。年間予算は五千万円を超す。
 大学の技術移転の特徴として、発明が報告された段階ではその価値はモヤモヤしていて、価値がハッキリ見えるようにするまでにはデータを多くそろえるなど人手と資金を食うため、成果が放置されたままで埋もれてしまうことが多い。
 また価値が見えてきても技術移転が可能かどうかも見極めなければならない。そこを突破して障害を一つ一つ乗り越え、できるだけ多くを実用化にまで結びつけるのがセンターの役目である。
 研究者から提案があるとスタッフが出向いて、発明内容や共同研究かどうかといった研究費の形態などを調べ、特許化→パートナーを探しての技術移転戦略→プレゼン条件を設定しての交渉・契約へと話を進めていく。見込みがあるのにパートナーが現れない場合にはベンチャー企業として立ち上げるのもスピードが早く有力な手段だが、資金投入が必要となり、それを手伝う人を探さなければならない。どれも簡単なことではない。
 特許出願件数はセンターがスタートした平成十年には二件だったが、その後平成十四年までに三十八件→五十九件→八十二件→百七件と順調に伸びた。技術移転にまで結びついたケースは平成十二年の十件から十五件→二十五件とこれも着実に伸びている。
 教授から助手までの教師陣によるセンターの利用率は理工学部で三七%、医学部で一四%である。アメリカでの利用率は二〜三割といったところが普通なので、四年目にして三七%というのは高い数値である。

野菜が長持ち「やさシート」
微小液滴の計測装置など商品化続々


 発明が商品化された一例、日経優秀製品サービス賞を受けた「やさシート」は竹でできたシートで冷蔵庫の中に入れておくと、野菜や果物から出るエチレンガス、腐敗臭、水分を吸着分解して腐りにくくする強力な効果を発揮する。ノート大のシート二枚入り三百円で、一枚が冷蔵庫の中で三週間もつ。
 「おれん字」というのは自筆の手紙を書いてパソコンに入力しておくと、本人の手書き文字のクセを読み取って、それ以後は本人の手書き風書体で文章を印刷する(九千八百円)。
 学生が研究チームに加わって発明したものが商品化した例では、「微小液滴の計測装置」がある。エンジンからノズルで吹き出した油にレーザー光線を当て粒子の動きを見るというものである。
 特許が収入をもたらした場合の配分基準は、一時金とロイヤルティーの合計額が一年ごとに区切った期間内で百万円以下だと発明者八割、大学二割、百万円〜一千万円だと発明者五割、大学三割、学部二割、一千万円超だと発明者三割、大学五割、学部二割というルールにしている。一時金を発明者が研究費用に使う時には全額を発明者に配分する優遇措置も定められている。
 文部科学省の「大学等発ベンチャー創出支援事業」が平成十四年度予算から組まれた時には、知的資産センターが窓口となり二件採択され、経済産業省が公認会計士を派遣する「大学発ベンチャー経営等支援事業」もセンターが窓口となって相談に乗っている。
 大学の授業の中では特許に対する関心を高めるために「知的資産概論」を全学部対象に、また「知的所有権特論」を大学院理工学研究科対象に開講しており、その影響もあってか、センターを利用した発明者の中に教師陣のほかに学生が百人以上名を連ねている。
 発明が個々の研究者ごとに孤立している時には実用化が困難でも、複数の発明を結びつけて新しい製品の実用化を図れないかという「学部横断的な知的財産の研究」も知的資産センターの事業として進められ、大学内のコラボレーションの推進に貢献している。
 平成十五年三月には「産学連携に向けた組織と運営形態」に関するシンポジウムを慶大構内で開催し、カルテック、ベルリン、ハーバードの例を紹介するなど、学内外に向けた啓発活動も活発に行っている。
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