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記事2001年8月3日 20号 (12面) 
人間須くダイコン人生たるべし
広島国際学院理事長 西本 五郎 氏
役割が重く脇役を超えた存在
一隅照らすダイコンに

西本 五郎氏

 私の知人に今泉弘吉氏という御仁がおられる。環境問題に稀な見識を持ち、文筆にことのほか優れ、また食材に博識で食通でもあり、お酒をこよなく愛する人である。
 彼は、千葉大学園芸学部農芸化学科出身の化学者である。しかし定年退職後は、持ち前の文才を生かすため、もっぱら著述家として多くの新聞社に警世の投稿を始めた。環境問題などについて数々のエッセイを発表するとともに、全国を講演してまわっている。いわゆる憂国の士の一人である。最近彼より「人間須くダイコン人生たるべし」という、面白くかつ有為な話を耳にした。よってこれを以下に披露したい。参考にしていただければ幸せである。
 出し汁を贅沢にとって、それで煮含めたダイコンのうまさは格別である。冬の夜、燗酒を楽しむにはもってこい。いかなる素性の酒をも美酒にする。切り干しダイコンや煮物は、焼酎の友である。おでんのダイコン上等、味噌汁の実のダイコン、これまた素敵。沢庵は、食事を締めくくってくれる。
 たかがジャコでも、ダイコンおろしを加えれば特有の「日なたくささ」も減じて大変おいしい。イクラに加えれば、彩りも美しく更に食欲をもそそる。てんぷらのおつゆには絶対に、ダイコンおろしが欠かせない。ご飯にかけてもいける。醤油を少々垂らし、熱々の白いご飯にかければそれだけで下手なおかずは不要、何杯もお代わりできる。おコゲなんかがあった場合など好都合だ。つきたての餅に醤油を加えたからいダイコンおろしをなすりつければ、いくらでも食べられる。しかし何といっても真骨頂は、からいダイコンおろしでそばを食べるときである。ダイコン飯となると、大切な米を食い延ばすための食材となる。ダイコンは命の綱となる。ダイコンは安い。
 以上、どの場合でも、ダイコンの役割は重い。であるのにダイコンは主役ではない。では脇役かと言えば必ずしもそうではない。ダイコンは脇役を超えた存在であると思う。 

 我々人間の中には、俺が我がなどと人をかき分け突き飛ばし、前に出たがる者がいるが、そんな人間にろくな者はいない。逆に人さまの後ろでひそかに生きる大人物がいて、国家存亡の時に推挙され、沈着冷静にことを処理する。ふだん何もない時の彼は村夫子然としている。
 「男として生まれたからには、末は陸軍大将」などと人生の一番素晴らしい出世コースであると思い込ませた先人もいたが、妙な「あこがれ」を子供に植えつけたものだ。罪深いことであった。そういう時代もあったが、今は違う。平和と民主主義が叫ばれる世である。しかし万人平等ではない。能力主義のはやる昨今でありながら、この国では公正に機会均等が行き渡ってはいない。そのため昔も今も出しゃばって、がつがつして、金と権力を手にした者だけがいい思いをしている。ドブ板の上をそっと歩いているような、ごく普通の日本人には一生日は差さない。それでも一人前の大人なら、人生のそれぞれの場面で人間としてそれらしい役割がある。平凡な並みの暮らしをし、それでいて他人には迷惑もかけずひっそりと生き、死んでゆく。こんなコースもひとつの理想ではなかろうか。そんな彼、あるいは彼女は貧乏人であってもいい、彼らこそ立派なダイコン的人間と思われてならない。
 私の知人に、甥の結婚式に、「花婿よ、須くダイコンのような男になれ」とメッセージを贈った人がいた。私も、これからはできる限り立派なダイコン人間になろうと思った。
 ダイコンを見よ。
 ダイコンおろしになっても、味噌汁の実になっても、漬物に変じても、また刺身のツマとなっても、よしやダイコン飯に使われようとも立派なものではないか。
 一隅を照らすダイコンに私はなろう……。
 感銘深い話であった。

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