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記事2001年4月13日 10号 (3面) 
飛び入学の実情と課題
大学飛び入学拡大は慎重に
希有の才能発掘早めに学問研究
大学ステータスの向上願望も
 高校二年修了時から大学へ入学できる「大学飛び入学」は平成十年度に物理と数学に限って認められ、千葉大学で初めて実施されて脚光を浴びたが、その後あとに続く大学が出なかった。しかし平成十三年度に名城大学が二番手として実施に踏み切った。さらに文部科学省は今国会に提出した学校教育法改正案の中で、物理や数学だけという分野の制限を撤廃するほか、短大や専門学校へも高二修了時からの飛び入学を認める方針を明らかにしたことによって再び世間の注目を集めることになった。

千葉大学の飛び入学

 千葉大学の飛び入学は平成六年から検討されてきたが、同九年六月の中教審で構想案を了承され、同十年四月から工学部で飛び入学生の受け入れを開始した。最初の年には工学部だけ参加し、十四人の応募があり、そのうち三人に入学を許可、次の年からは理学部も加わり両学部で三人、三年目も三人、十三年度は新たに四人が合格した。
 「二十一世紀の日本の科学技術立国を支えるためには、創造性豊かな希有の才能を発掘し、早めに高度な学問研究へ進ませよう」というのが、当時文部省の提唱した「大学飛び入学」の理念であった。千葉大学が先陣を切ったのもやはりその理念からであるが、ただしそれは表の一面である。もう一つ、裏には大学ステータスの向上願望がある。国立大学の予算配分は旧七帝大を頂点とするヒエラルキーが厳然として存在し、変えることが非常に困難である。大学院重点化といった文教政策はこの格差をさらに助長するだけ。大学飛び入学がこれを打破する起爆剤にならないかという発想があり、表と裏の動機が一致したところで学内が結束して動きだし実現した。
 千葉大学側が選びたいとねらったのは「好みが物理に偏っているけれども、考え方やセンスに閃きが感じられ、自分たちが将来を託することのできそうだと思われる人材」である。日本の教育は好きなことに打ち込む才能より苦しい練習に耐えられる優等生を評価する仕組みである。入試のやり方も複雑な難問を短時間で解く手順をのみ込んだ生徒に有利で、長い時間をかけて自分の力で解くタイプの生徒の能力は評価できないようになっている。そこで千葉大学が好みの学生をとるために、十分に時間をかけてセンスのよさを見るための方法に試験の仕組みを変えた。
 例えばこれまでの小論文の課題を例にとると「潮の干満は地球と月や太陽との引力の影響で起こるが、月に近い側の水面が上昇して満潮になるだけでなく、反対側の水面も上昇して前後に満潮が起こり、ラグビーボールのような形になるのはなぜか。それを調べるためにはどんな模擬実験をしたらいいと思うか提案してみなさい」これはガリレオが考えて答えを間違えた問題である。受験生が正解を出さなくてもいい、筋道立った考えができるかどうかを見ようとするもので、試験時間は午前九時から午後四時までの七時間。弁当持参でお茶も用意され、参考書類は室内に置いてあるほか、自分で持ってきてもかまわない。パソコンの持ち込みも可。友人との相談だけが禁じられている。実験の試験もやはり制限時間は七時間。「中性子が分解して陽子と電子になるというのは正確にいうと間違いであることを実験で証明しなさい」という課題で実験の手順が示されており、それに従って進めていけばセンスのある生徒なら分かるという。さらに面接が行われるが、これは小論文や実験で見せた考えに対して「なぜ、そう考えたのか」を詳しく尋ね、最大限に説明のチャンスを与えるのが目的である。
 世間の評価は大学飛び入学に対して二つに分かれたまま現在にいたっている。飛び入学を「良し」とする意見は若い才能の早い時期からの開花を促進させようとする方針をそのまま受け止めて賛成するもの。一方「まずい」というのは高校三年の教育を受ける意味を重視し、それを崩すまいとする議論であり、その代表的な立場が全国高等学校長協会である。高三の数学や物理の授業を省略して大学の数学や物理の教育を受けてもいいのかというカリキュラム面での高校・大学の接続の問題、そのほかに人間的成長、社会常識などの面からも弊害があるのではないかと主張している。
 全国高校長協会のガードは固いが、千葉大学では理学連携調査委員会という形で高校理科教員との交流の場をつくり、高校の物理担当教員を通じて理解を得るように努力している。高校生の理科離れは高校教員にとっても悩みの種であり、同憂の者の集まりではまだ理解を得やすい。

 飛び入学志願の受験に際しては、生徒本人が高校にその気持ちを打ち明け、高校長からの推薦状を持って出願するのが普通のルートだが、高校長が推薦しようとするのは学校を代表しても恥ずかしくない優等生タイプであり、そうでない生徒の推薦申請に対しては「高校側の判断で出願をやめさせた」ことがあとで判明した例もある。しかし、生徒が直接出願してくる道も特例的に開かれており、この制度のことが知れ渡った二年目からは生徒の直接出願が増えた。そういう生徒は物理は好きだが、受験勉強はあまり好きではない。飛び入学の人物像の受け止め方に関して高校と生徒の間にズレが見られる。大学側が欲しがるのはどちらかといえば後者の人物像に近い。「主観的な基準で選ぶお見合いのようなものです」と先進科学プログラム広報担当の土屋俊・千葉大学附属図書館長は言う。


入学後のケアで特別プログラム
物数、文系、オムニバスセミナー

 千葉大学では高三省略反対論への配慮も兼ねて、入学後のケアをていねいにするための特別指導プログラムを組んだ。飛び入学者はほとんどの授業を一般の入学者といっしょに受講するが、そのほかに特別プログラムとして次の三つのセミナーを組んだ。
 (1)物理数学セミナー(週二回)=高校三年の物理・数学のうち大学一年次の履修に必要な内容を補い、大学物理の基礎となる事項を中心にして実施する。先進科学教育センターの専任教員(教授二・助手一)を中心に物理学科や工学部関連学科の若手教員が担当する。
 (2)文系セミナー(週一回)=教養関連科目として人文科学・社会科学に関して主に読書を中心に指導するもので、文・法経の教員有志三〜四人で担当する。
 (3)オムニバスセミナー(週一回)=著名な科学者や企業内研究者の講話を聞いたり、先端科学研究施設の見学などを行う。そのような刺激を与えて、物理好きで入学したという初心を忘れぬように維持させるのがねらいで、一般の学生も受講できる。
 このほかに、物理論文の国際発表に必要な英語に慣れさせるため、一年次の夏休みにはアメリカでの英語研修がある。また勉学や生活の相談に乗るTAも特別につけられている。
 独自の入試やカリキュラムを用意する先進科学プログラムには全学的な協力が不可欠で、先進科学センターの組織は全学から六十数人の兼担教員の協力によって支えられているが、文部科学省も専任教員三人分の予算をつけた。この措置は「文部科学省としても立派なことと認め応援する」という態度表明ともいえる。

今春から高2修了生受け入れ
「数学の異才」4人入学
名城大学が13年度から飛び入学

 名城大学(名古屋市天白区)は平成十三年度入学者の選抜から「高二の飛び入学」を導入した。「日本の未来の科学研究を数学の分野から支える人材を発掘し、独創的な発想力を持ち個性的で活力にあふれる人材を育成するために、高校二年修了から大学に受け入れる」というシステムで、かねてから提唱していた理工学部の四方義啓教授(名古屋大学名誉教授)が推進者となって実現、「名城大学総合数理プログラム」と名付けられた。千葉大学の物理に対して、名城大学は数学の分野に人材を求めた。
 平成十三年度入学者の選抜の場合には、前年の平成十二年六月中に相談会を開いて、まず夏休み中に「総合数理プログラムセミナー」という模擬講義を四回開き、希望者に受講してもらった。この模擬講義に参加した二十六人の中から四人が出願して十二月二日に試験を実施、四人全員が合格した。
 入試の方法は受験生自身が課題を自分で設定し、試験官二十人の前で論理的に解きあかすプレゼンテーションを行わせたが、あるものは一から十五までのタイルを十六個の仕切りの中で動かして元の順に並べるゲームの特質を分析、完成させられる並べ方と完成させられない並べ方がほぼ一対一であることを数学的に説明した。ある生徒はエレキギターやドラムの音と振動について、ビー玉と輪ゴムでつないだモデルを使って考察を加えた。外部から招いた試験官の民間企業幹部はそのユニークさに舌を巻き「うちの会社にすぐ来てほしいくらいだ」と感心していた。
 名城大では今回の飛び入学生の受け入れを「特色ある授業実施」として助成金が受けられるよう申請する予定。



公私同じ条件の土俵づくりが前提、変質・拡大に不安感
全国高校長協会は反対の意向
日私中高連などの見解

 全国高校長協会は「大学飛び入学は希有な才能の発掘という名目で、受験競争の低年齢化を招く恐れがある」として、以前から好ましくないという意見を述べてきたが、今回の学校教育法改正に対しては「それを数学・物理だけにとどめず全教科に拡大して昔の中学四修からの進学のように一般化されれば、弊害はなおさら激化することになろう」と反対の見解を強調している。
 日本私立中学高等学校連合会は飛び入学の構想に対して「私立高等学校側としての結論を出しているわけではないが……」と次のように話している。
 「飛び入学もまだ最初の構想は、物理、数学に限って希有な才能の発掘という趣旨であり受け皿もキチッとした制度を持った大学でということなので、多少は『それでもいいのかな』という見方をする人もあった。しかし、構想が明らかになるにつれて、物理や数学だけでなく分野を問わず実施する、受け入れ先は大学に限らず短大や専門学校でもよい、飛び入学の規模は三〜五万人程度を養成するということになると、希有な才能など遠い話でどこかへ雲散霧消してしまい、本質的に変質したものが止めどなく拡大するという感じを受けている。青田買いに利用されるのではないかという恐れもある。最近の文教政策は公立校の通学区域廃止に見られるように、教育委員会任せで私学と公立との競争を自由にやらせるというような改革がだんだん進められているが、競争させるのなら前提として同じ条件で戦える同じ土俵をつくってからにしてもらいたいと思っている」

歓迎とは程遠い反応短大
在学短縮で財政問題に懸念専門学校
短大、専門学校も慎重論

 高二修了時から専門学校への飛び入学は学校教育法本文の中でなく、法改正に伴う省令改正によって実施されることになるが、短大とともに専門学校の見方も慎重だ。
 「これから検討するけれども、高二修了時から短大に入ってどうなるのかな。むずかしい問題がありそう」(短大)
 「専門学校としてはやはり高校で三年間きちんと勉強してからきてもらった方がいい。高校と横並びの高等課程の専修学校では二年から進学できるようになると、在学期間が短縮されるわけだから財政問題などその他にも複雑な問題が起こりそうだ」(専門学校)と、いずれも歓迎とは程遠い反応を示し、成り行きを見守っている。

学力面でも優位
全学的な支援体制がカギ

 飛び入学者は学力面をみても、物理関連基礎科目の履修では上位一〇%以内に位置する場合がほとんどである。外国語、人文・社会科学系教養科目などでも、同学年の学生といっしょに受講、受験しているが、ほとんどの場合「優」の評価を得ている。また学年進行とともに著しい成績の向上がみられるが、この点は先進科学セミナーなどの個別指導によって入学当初の意欲、モチベーションが維持されていることも一因と考えられている。学生同士の人間関係も、同学年生より一歳若いにもかかわらず、飛び入学者が受験勉強ガリガリ型でないだけにうまくとけこんでいるようである。
 だが、こうした全学的支援体制を他大学からの見学者がみると「これは大変な苦労だ」と感じるようだ。「飛び入学制度はうまくいっているから、今後も続けるでしょう。他大学へ広がらなかった原因は、旧七帝大クラスの大学では黙っていても優秀な学生が集まるし、千葉大学と同レベルの大学ではこれだけの手間をかけることに恐れをなして二の足を踏んでいるのではないですか。私たちの反省点は、こんなに手間をかけなくても十分やれるのではないかということです」と土屋館長は言う。
 今回、文部科学省が出した飛び入学拡大の方針については「法的にはこれまでの政策の延長線上で分野を広げるものと受け取れる。広がった時どこまでサポートするか、各学部・学科がどう対応するかを学内で検討の予定」である。

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