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全私学新聞

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記事2001年12月3日 31号 (5面) 
特色ある学校づくり 新たな手法を提案
日本の教育におけるインターネットの活用
エヌ・ティ・ティエデュケーショナルイニシアティブ株式会社 代表取締役社長 池尻 稔氏


 二十一世紀を迎え、日本の教育界でもインターネットをはじめとするIT(情報技術)の教育的利用が盛んになってきた。一方、少子化や教育改革による学校間競争も激しさを増し、いかに質が高く魅力ある授業を供給し、特色ある学校のカラーを打ち出すかによって今後、生き残りが決まっていくような状況も生まれてきている。全私学新聞では日本の教育に対して新たな観点から学びの手法を提案する企業として、NTT東日本から独立したエヌ・ティ・ティ エデュケーショナルイニシアティブ株式会社(略称・NTT―EI)の池尻稔・代表取締役社長に、ITが教育に果たすべき役割と魅力ある授業などについてうかがった。


情報リテラシーつける努力を
IT導入で授業を魅力的に

インターネットが日本の教育に果たす役割

 学校教育においてインターネットの活用を考える場合、幾つかの視点がありますが、一つは情報リテラシーということです。もともと私どもが「こねっと・プラン」を始めたのもこの観点からです。
 例えば、ある会議でアジアの企業経営者が日本の若者を雇わない理由を四つあげました。まずパソコンができない、インターネットができない、英会話ができない、それに度胸がないことです。要するにグローバル社会のなかで、日本人がビジネスの最前線で仕事をする場合、会社の名前を背負っていられるのはその入り口までで、実際に仕事をこなす場面では個々人の知識や能力やビジネスツールを使いこなす力量が必ず試されます。そのときのインフラはパソコン、インターネット、それにあえて付け加えれば英会話の力です。これを企業に入ってから教えるのでは遅すぎます。そこで、感性が豊かな子供のころから情報リテラシーを身につけてもらいたいと考えて、学校のインターネット整備のお手伝いを始めることになりました。
 このような経緯から学校のネットワークを整備していく過程で「教育手法への活用」という重要な視点が浮かび上がってきました。
 インターネットの使いこなしという点だけで考えれば、家庭のパソコンにインターネットがつながっているだけでも子供は勝手に使えるようになると思いますが、学校教育における「教育手法」としてインターネットをもっと活用してもらいたいと考え、「こねっと・プラン」でもそのような方向性を盛り込むようになりました。
 つまり、学校ではインターネットの使い方だけを教えるのではなくて、先生方が授業の面白さを伝えるためのツールとしてインターネットをはじめとするITを活用してほしいと考えたわけです。

ITを導入することは、授業を楽しく、魅力的にする手段 

 例えば、現在、ある会社が開発中のソフトでは歴史を三次元空間的に同時に見ることができるようなものがあります。時間軸を移動させれば世界のいろいろな出来事を同時に関連づけながら見ることができます。明治維新について学習する場合でも、日本史の出来事としてだけ教えるのではなく、世界史の中でとらえることができます。なぜ黒船はこの時期に日本にやってきたのかという理由も、時間軸をさかのぼりながらヨーロッパやアジア(中国)、アメリカ大陸での出来事を同時に学ぶことによって理解することができるからです。つまり、当時の英国、ロシア、アメリカが日本からいかに権益を得るかを虎視眈々と狙っていた事実を知れば、黒船到来の意味も分かり、歴史というものが広がりを持って理解できると思うのです。
 このようなことは紙媒体でもできないことはありませんが、時間軸を自在にあやつることができるのがITの優れたところで、先生方がこれを活用すれば授業は飛躍的に楽しく、分かりやすいものになると思います。

教師の情熱と力量必要
学生に参加する喜びと学ぶ実感を

魅力ある授業とは何か

 魅力ある授業をするためには教師の情熱と力量が必要ですが、学校教育を外側から見ていますと、先生方は「授業を楽しくする」ということをあまり考えていないのではないかという感じがします。
 私事ですが、昨年の夏、六週間、アメリカのスタンフォード大学で学生として授業を受けました。ここでの授業は私がこれまでに日本で受けてきた授業とはまったく違うものでした。まず感じたのは教授の情熱と力量です。そして、授業に参加する喜びと、自分が学んでいることを実感できる六週間でした。
 授業は七十二人の学生に対して教授が一人という形で行われます。日本ですと一対七十二という関係で授業が進んでいきますが、スタンフォード大学では一対一の関係が七十二通りあるような関係をつくりながら講義が進みます。期間中は複数の教授が教えてくれましたが、すべてこの関係で授業が進められていきました。
 教授のスタンスは学生個々人の考えをいかに引き出すかということに重点が置かれています。教授が何か設問を出すと、学生は活発に議論します。その議論が正しい方向にいっている間、教授は黙って聴いていて時々キーワードを発します。ちょっと議論がずれていくと、教授が学生にヒントを与え軌道修正を行います。教授にはそれぞれ結論にいたるシナリオがあって、これを着実に実行していきます。ここで教授の力量が問われるわけです。このような手法の授業を受けると、学生たちは自ら参加する意欲が非常に高くなります。それはここで「学んでいる」ことを学生たちが確実に「実感」しているからです。日本の子供にとっても授業へのモチベーションはこの「学んでいるという実感」しかないと思いました。学生が予習や復習をして、「授業に参加する」こと自体がとても楽しいということが本質だと思います。そのためには、先生は授業の周到なシナリオと、そのための設問とヒントを用意していなければなりません。
 そのほかにも、授業を楽しませるありとあらゆる工夫をします。例えば、「養鶏のケーススタディー」に関する授業では、教授は鶏のぬいぐるみを持ち鶏の帽子をかぶって出てきます。教授はなんのてらいもなくそうした姿で出てくるわけです。学生は、「あれ、何だろう」と思わず身を乗り出します。ここからもう授業のシナリオが始まっているのです。このような形態で授業が始まるので、学生たちはどのような学習活動が展開されるのかと興味津々になってしまいます。授業の最後には必ず感動して学生たちのスタンディングオベーションとなります。
 この姿勢、手法は現在の日本の教育に一番欠けていることですが、日本の先生方はそうした授業を受けたことがないので、考えつかないともいえるでしょう。ただ、先生がもっと魅力的な授業をしようと思ったら、どこかでこうしたことに気づくはずです。先生方が考えるべきは、魅力ある授業とは何かということだと思います。ITは魅力ある授業を支えるツールとして考えるべきでしょう。


価値を理解すれば
教育の質の向上に

学校の危機と魅力ある授業

 現在進みつつある教育制度改革のなかで都立の進学校を養成しようという動きがあります。また、不況ということで、学費の安い公立に行ってほしいという親の希望や、少子化という状況があって私立と公立のせめぎ合いが始まっているといえます。
 学校の偏差値についても、いったん下がり始めると、人気が下がる―定員が集まらない―偏差値が下がるという悪循環に陥り(教育のデフレスパイラル状態)、定員割れが止まらなくなる恐れもあります。
 企業は業績が落ちてくれば、新しい商品を開発したり、設備投資をしたりします。社員が率先してアイデアを出すわけです。学校で社員に当たるのは先生ですので、自分が所属している組織をいかに高めていくかが問題ですが、そうしたことを一般の先生方はあまり考えていないのではないかという感じがします。
 学校の「商品」は疑いなく「授業」です。学校の先生に「あなたのカスタマーはだれですか」と聞くと、先生は「子供」と答えます。確かに教育を施す相手は子供なのですが、学校を企業のような一つの組織体として見たときにそれでは不十分で、実はその後ろにいるお金を払っている親に対していかにピーアールしていくかということを合わせて考える必要があり、商品の価値を正しく理解していただくことが、結果的に商品の質を高め、ひいては教育の質を高めていくことになると思います。
 このことに先生は早く気づいてほしいと思いますし、これに気づけば学校はずいぶん改善されると思います。改善に対する認識が生まれれば次のステップが始まります。つまり、魅力的な商品をいかに作るかということです。どんな素材をどう組み合わせればいいのかということを工夫しようと、一人ひとりの先生が気づき始めれば学校は一気に変わるのではないかと思います。


家庭での学習と授業が効率的融合
客観的データ把握で対策も

教育手法としてのe-ラーニング

 アメリカではe―ラーニングが主に高等教育や企業内教育に使われています。例えば、スタンフォード大学にいてオクラホマ大学の単位を取るといったことに使われています。もしくは、ネット技術者育成のために、インターネットとかルーターなどの技術を人間の先生ではなく、e―ラーニングで教えるということにも使われています。
 e―ラーニングはもともと企業人研修から始まったもので、資格取得や企業研修が目的でした。つまり、ある程度のレベルの人間が集団で新しい知識を学ぶ手法ですから、「教育」というよりは「研修」の概念に近いと思います。初等・中等教育では、「教育」というのはフェース・トゥ・フェースもしくは一対一の関係が複数なければならないと思いますので、全ての場面に適用できるとは思いません。別の面でe―ラーニングを考えて見ると、e―ラーニングの本質はネットにつながっていることともいえます。例えば、先生がウェブを使って宿題を出すとします。ネットにつながっていることで、子供が宿題をやったかどうか、その結果がどうなっているかが即座に分かりますから、授業の理解度などクラスの特性を事前に知ることができ、翌日の授業はどうするかということも判断できるようになります。つまり、家庭学習と授業が効率的に融合します。
 e―ラーニングの学校での利用は、家庭と学校の授業をいかに上手にリンクさせて、効率化していくことができるかということだと思います。また、学習履歴をとっていけば、学校全体の強みや弱点などの把握ができ、客観的なデータに基づく学力向上対策も見えてくるはずです。
 また、宿題以外でも、ウェブを使うと、学校と家庭の情報連絡や提出物管理などが容易になるだけでなく先生、生徒、保護者のオールIT化を図ることができます。


日本の教育とNTT-EIの関係

魅力ある授業の教育手法提案
デジタルコンテンツの流通マーケット

 NTTエデュケーショナルイニシアティブという会社を立ち上げたのは、二十一世紀の日本を、教育という切り口からどう変えていかなければならないのかを考えていこうということでした。
 具体的な目的は魅力ある授業をつくるために新たな教育手法を提案しようということです。学校の先生と議論していますと、あのときこういう素材があったらよかったのにという話が必ずあります。そうした素材を使った授業の実践を積み上げていけば、必ず授業の魅力は向上すると思います。二〇〇五年にはすべての学校にブロードバンドが整備されることになっています。このような高速の回線が学校につながったときには、そこで流通するさまざまな教育コンテンツが授業をよりビビッドなものにする手助けとなるでしょう。
 教育全体の底上げにはITやブロードバンドは非常にパワフルなツールだと思います。完璧に使いこなすには時間がかかるでしょうが、私どもは、まずデジタルコンテンツの流通マーケットをつくることから始めようとしています。「教育用コンテンツ流通プラットフォーム形成協議会(略称・EduMart協議会)」では、まずは、二〇〇二年一月の沖縄での実証実験開始を目指しており、実際に学校の先生方に映像コンテンツを使った授業を実施してもらいます。先生方にはカリキュラムとリンクしたコンテンツとシナリオを併せて提供していきたいと考えています。
 先生は素材を作るプロではないので、企業のプロが素材づくりに協力していくわけですが、先生のニーズを汲み上げる仕組みも必要です。使う人と供給する人を結び付けることもこれからは大切です。
 子供の教育は家庭、学校、地域が力を合わせていかなくてはなりません。学校だけでは無理だと思います。ただ、授業を考えるのは実践の場にいる先生たちです。私たちは先生が自ら考えたことを実現する手助けをしたり、学校では気が付かないような新しい手法を提案して、「学ぶことは楽しい」という経験を子供にさせてあげたいと思っています。そのためには、私たち自身が教育現場に入り込み、現場から新しい風を送りたいと考えています。その風が価値のあるものならば、多くの先生方に理解していただけるのではないかと考えています。




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